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2012年秋 日本 ブログトップ

日本の思い出1 [2012年秋 日本]

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本日から先日の弾丸日本訪問のお話を。と言ってもほとんど写真撮ってなくて・・・というのはしゃべるのに忙しくて。観光しているわけではなくひたすら人と会って何か食べながら話していただけだったし。写真はデジイチとスマホで撮影。

日本へ飛ぶ前にめぎがまったり過ごしたところ・・・フランクフルト空港の待合室の一角。こんな椅子のおかげでずいぶん楽に時間を過ごす事ができた。めぎはチープにエコノミーの旅だったので、約11時間の飛行前にこういう椅子で静かにのんびりできたのは非常にありがたかった。
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成田に到着したところに待っていてくださったのは、krauseさん。一時間ほどしかないところ、電車の時間をみながら駅の近くの立ち食い飲み屋さんにさくっと連れて行っていただいた。写真にはまだレバーしか写っていないけれど、様々なホルモンと日本のビールでお迎えいただき、ああ、幸せ~~♪
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中でも忘れられない味、名前は梅割りだったかな。焼酎を梅のリキュールで割ったような感じの飲み物。次回は是非是非うちのドイツ人と行きたいな。ここの写真をうちのドイツ人にメールで送ったら、羨ましさで身悶えしていた模様。そう、今回うちのドイツ人はお留守番。
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ここでkrauseさんとお会いしたのは、お米をお分けくださるという事で。うちのドイツ人がkrauseさんの水田に足を踏み込ませていただいたのは、もう2年以上前の事(そのときのお話はこちら)。ドイツまでお米をお送りくださるというありがたいお話をいただき、めぎが日本に行くときに受け取らせていただく事にしたのだった。時間がないので到着したロビーで受け取るという約束をしたのだが、ホンの短い時間に素晴らしいおもてなしをいただき、心から感謝。

そんなわけで話は飛ぶが、ドイツ帰国後早速そのお米をいただいた。めぎ家の炊飯器はこんな旧式。土鍋で炊こうかとも思ったが、いつものスペインやカリフォルニアで作っている日本米と食べ比べるために、敢えていつもの炊飯器で炊いてみた。
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ああ~なんて美味しいのでしょう!お米って、鮮度によってこんなにも味が違うのね。ドイツの水で炊いてもこんなにいつものと味が違うとは。うちのドイツ人の言葉によると、unschuldig(ウンシュルディッヒ)な味。訳すと、罪のない純真な味。収穫直後の、そして精米直後の、本当にまっすぐな汚れのない味だった。
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うちのドイツ人が、これまた別の友人からいただいてきた中華街の八角を使って角煮を作り、とっても美味しくいただきました!krauseさん、中華街八角さん、ありがとうございました。
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そしてまた話は日本へ戻り、今回泊めてもらった友人にちらっと連れて行ってもらった湘南海岸。富士山が見えて幸せ♪
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そして、何と言っても、海!
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江ノ島!!
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ああ、この、波のある海・・・めぎがドイツ暮らしの中で最も恋しく思うものは、ざぶーんざぶーんと打ち寄せる波のある海。北海へ行っても広い広い遠浅の干潟があるだけで、こういう波はスペインにでも行かないと見る事ができないのだ。
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めぎはかつて若かりし頃この近くに4年間ほど住んでいて、この海岸に毎週末のように訪れていたので、こういう渋滞もものすごく懐かしかった。久しぶりの左車線で左側の助手席に座るのはかなり怖かったけど。
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こんな風に当時カレシの後ろに乗った事もあったわぁ・・・ああ、青春だったわねえ。もう云十年以上前の事。
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それから大船の夜の町を歩いたり。
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UFOキャッチャー好きの友人が、やった事のないめぎを誘ってくれたり。
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その友人がうちのドイツ人にくれたお土産・・・ジオラマの一部にと。この冬はどこにも行かずにこれを作りますわ~左に写っているのはめぎと友人のUFOキャッチャーの戦利品♪
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それから、今回の旅の中でめぎにとって最も大切な用事だった事・・・それは、ある友人の還暦のお祝い。
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その席で、めぎの出た大学の知り合いのその後を色々と聞いた・・・ある教授が亡くなってしまった事、ある教授が一時期具合が悪かったけどまた復活した事等に始まって、あの人はガンになって闘病中とか、あの人はどこそこの大学に最終選考まで残ったとか、あの人は結婚したとか、離婚したとか、奥さんが数年前に亡くなって再婚したとか、あの人は就職した途端に産休に入ったとか、どこそこの大学は本当はあの人を採用したかったのにその人は別の大学に決まってしまったとか、ある人は有期の契約が切れてまた就職活動中とか等々・・・なんだかみんな疲れてて、大変そうで、ただただ忙しくて、10年前にやはり日本へ戻ることにしていたら、めぎもその渦の中にいたのだな・・・と思うと、そこから如何に離れてしまったかが不思議なほどだった。

日本は、食事は本当に美味しくて、サービスも素晴らしくて、とっても居心地がいいのだけど、仕事の環境、特に大学・学校関係者の劣悪な労働環境は、ドイツの仕組みに慣れためぎの目から見るとあまりにも悲惨で、やっぱりドイツにいる事にしてよかった、などと思ってしまっためぎ。いや、日本には日本の良さがあって、特に収入面では日本で働いていた方がずっと高収入なのだけど。でもその代わりどれほどの時間を売っている事かしら。おかげでみんな家庭が崩壊したり結婚していなかったり。産休とった人が非難されちゃう労働環境って、うーむ。いや、わかるけどね、もちろん。手が必要で採用しているのに、すぐに休まれちゃうのは大変だって事。でも、ドイツでもそういう事はごまんとあるけど、みんなやりくりしているし、つまりは文句言いつつもやりくりできる程度の環境なんだよな・・・
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そんな事を思いながら迎えたある朝、新聞にウシダが載っていた。ネット版の記事はこちら
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デュッセルドルフから車で一時間ほどの小さな町ゲルゼンキルヘンの様子から始まったこの記事を読み始め、そのときにいた場所から一気に心はドイツへ飛び、目の前にドイツの景色が広がった。そして、あの熱狂的なシャルケの応援の様子も。めぎの日常はそこなのだ。さらに、地元のドイツ代表でもある選手とポジション争いをするウシダの話・・・自分のやってきた事と重なって、読みながら涙が出た。日々、ドイツ人と競り合って、普通にやってたら勝ち目がないからいっぱい考えていっぱいいろんなところに努力して競り合って、それが評価されたと思ったら日本人だからという一言で片付けられたり。今、そんなふうにして仕事をしているところ、糧を得ているところ、生きているところ、それはドイツなのだな。故郷の日本は今のめぎにとっては旅行先に過ぎないのだな。懐かしい景色も思い出も今や全て過去の事。現実は9000キロ離れた西の彼方に。そんなことを今更ながら実感した瞬間だった。
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日本の思い出2 [2012年秋 日本]

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たった4泊のバタバタな中、昨日ご紹介したように結構遊んでもいたのだが(そういう時間ができたのは、日本で泊めてくれた友人を含め多くの方々がめぎの予定を最優先にして準備万端整えてサポートしてくださったからなのだが)、その中でたくさんの方々とお会いした。会いたかったけどとにかく時間が無くて、ご連絡もとらずに失礼した方も多数。本当に申し訳ない。実質3日間の4泊5日の旅で1日あたりアポイントが3~4つ。今日はその一部をご紹介。

まずはMOCOMOCOさん。おうちを訪ねる時間ができなくて残念だったが、うちのドイツ人の作ったトマトソースをMOCOMOCOさんお手製のトマトソースと物々交換♪ でも、マルクト市場でトマトを購入して作るうちとは違って、MOCOMOCOさんのお宅で栽培したトマトでお作りになった、見るからに濃厚そうなトマトソース、きっと裏ごししたり濃縮したりしたんだろうねえ、と色々想像しながら、何にどう使うかうちのドイツ人が幸せそうに今も思案中。残念ながら写真がないのだけど、たくさんお心遣い頂き、ホンの短い時間なのに会ってくださってありがとう。
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金曜日の夕方日本に到着し、それから土曜日曜と首都圏を西へ東へ飛び回って時はあっという間に過ぎ、最後の一日は唯一の平日で、平日しか手続きできない事などを午前中にバタバタと。それが思いの外さっさと済ませられ(日本の仕事ぶりって本当に早くて素晴らしい)、次の約束までちょっと時間が空いた・・・それで、今話題のスポットに。
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東京駅って広いのねえ。
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駅前の丸の内ビル群。めぎがよくこの辺りに来ていた頃とはずいぶん景色が違う。
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ここで待ち合わせしたのは妹。丸の内で働く妹と丸の内でランチ。元気そうでなにより。
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妹と会うのは今年2回目、夏のイタリアはグッビオ以来。グッビオの話もまだ書いていなかったなあ・・・会えなかったけど、義弟と仲良くやっているようで、それがなにより嬉しかった。妹との話題の中心はもちろん親の事。親はまだ元気だけど、定年後も職のあった仕事大好きの父がいよいよ来年には引退のようだし、その後はいったいどうなるか。もしもどちらかが体調を崩したら、または呆けたらどうするか。いや、めぎも妹も遠く離れてて家庭もあってどうしようもないのだが、自分たちの体調の事も含め、心配は尽きない。それに加え、我々それぞれが叶えられなかった夢との折り合いをつける話やら、否これだけはと頑張る気持ちやら、当座の目標とか、将来の夢とか、ほんの3時間ほどだったけど、とっても中身の濃い議論を交わした。思えば、いい年をした中年女性二人が未だ将来の夢を語り合っているのって、冷静に考えると我々って全く大人になっていないわね・・・しかし、還暦近いうちのドイツ人もまだ色々な夢を抱いて新たに勉強しようかとか言っているからなあ・・・人間、生きている間は志高く頑張らなきゃね。でも、若い頃のように突っ走るのではなくまわりに配慮しつつというのが年の功かしらね。

皇居とお堀が垣間見えるところでのランチ。天気もよくて気持ちよかった。
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緑いっぱいの皇居・・・どの建物が何のためなのか、どこにどなたがお住まいなのか、全然分からないけど。
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妹からのお土産はこちら。このペットボトルホルダーは、エキナカのショップで売られているとの事だったのだけど、それを探しに行く時間が取れそうになかったので、予め妹に頼んで購入してもらっていた。東京駅のお土産。お洒落でしょ♪
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ドイツにはペットボトルのお茶などは全くないし、ドイツの水のペットボトルは熱に弱いので、職場へお茶持参のめぎとしては日本のお茶用のペットボトルが財産。もちろん職員室や研究室でお茶を入れる事もできるのだけど、授業の合間の短い休み時間にさくっと飲めるペットボトルは非常に便利で、魔法瓶を持って出勤するよりも軽いし、何と言っても入れ立ての熱いお茶をそのまま注いでも変形しない日本のペットボトルは非常に重宝していて、めぎは日本からいつもドイツへ空のペットボトルを数本持ち帰るのだ。でも、使っていると毎日洗ってもお茶の渋みが染みついて目立つので、それを隠せるホルダーが欲しかったの。


そうそう、妹とランチしたビル(たぶん新丸ビル)だったかお茶したビル(丸善の入っているビル)だったか忘れたが、フランツィスカーナーというドイツレストランを見かけた。
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フランツィスカーナーとはイタリアのアッシジで発足したカトリックの修道会の事だが、そのドイツの修道院がバイエルンにあって、そこで造られたビールがミュンヘンの有名なビール醸造所になっていて、そのビールをここで楽しめるという事らしい。でも、なんというか、これを見たときに感じた違和感・・・それは、日本人が海外旅行で日本食レストランに入って感じる違和感と同じようなものだろうと思う。それでも無いよりマシで、9000キロ離れたところへはおいそれとは行けないから、代わりにその国らしさをそのなんちゃってレストランへ味わいに行くわけだが、決して心の底から満足感を味わう事はできない現実。だって、やっぱり、違うんだもの。ここに座っているあのドイツ人らしき若者はどう感じているのかな。可愛い日本人女性と一緒だから大満足かしら♪
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さて、妹との時間が終わって、次の約束へ。東京駅丸の内南口で待っていてくださったのは、rinoさん♪
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ほんの1時間しかないところ、めぎのスケジュールに合わせてわざわざここまで来てくださり、並ばずさくっと入れるようにこのドームの2階にあるステーションホテルのとらやのカフェの予約もしてくださっていた。
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お洒落な空間でゆったりと・・・
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葛プリンと緑茶を頂きながら、楽しいひとときを過ごした。デュッセルドルフの話や、お子さんたちの話、今までの事、これからの事等々・・・rinoさんはいつもとっても優しくて、あたたかいお人柄に本当に癒されためぎ。素敵なお土産もいただいて、思いやりに大感謝。次は是非是非デュッセルに遊びに来てね。
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こうしてあっという間に時は過ぎ去り、いよいよ最後の夜を迎えた。その話はまた明日。
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日本の思い出3 [2012年秋 日本]

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日本のお話は本日最終回。

あっという間に最終日の夜。こんな東京の夜景が見える部屋で最後の夜を過ごした。
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地震の被害は外からはもうあまり見えないけれど、ずいぶん揺れて建物の内部で水道管が壊れたり微妙に歪んだり傾いたり結構な被害があったらしい場所。それでもこの辺は埋め立て地ではないため液状化はなかったようだけど。
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そう、めぎが日本の地に立つのは、震災後初めての事だった。前回日本に来たのは2年3ヶ月前。ちょっと見では、この国は何も変わっていない。人々が忙しく行き交い、溢れんばかりに美しいもの可愛いもの高いものが売られてて、見渡す限り清潔で綺麗で真新しくて、そして美味しいものがいっぱい。

最後の夜にお招きいただいた友人の家では、新鮮なイトヨリさんがお出迎えしてくれた。
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そこで最初にいただいたのが、たしかcavaに、筍の煮物と美味しいお豆腐。筍はめぎが来るのに合わせて春から準備しておいたとのこと・・・ありがとう。その他美味しい赤ワインに東北のお酒もあったのだが、お話に夢中になってしまって全て撮り忘れ。暑かったのでcavaに氷を入れたが、それが思いの外美味しくて♪ アイスコーヒーなど、氷を入れる文化はやっぱり蒸し暑い国ならではの知恵ね。
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ここでふと気づいたこと・・・それは、数年前にお邪魔したときと食器ががらりと替わってしまっている事。残念ながらその数年前の写真はないのだが、そのときこの友人は美しいガラスの食器を揃え、素敵な器でご馳走してくれたのだった。でも今回は、割れにくそうな素材でできた真新しい食器類。地震で全てが粉々に砕け散ったのだという。
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放射性物質の食品への影響も、自分一人が食べる分には何も気にしないけれど、はるばるドイツから来ためぎのために用意する分はやっぱり水揚げ場所を考慮した、とのこと。そういうことが話題に上る現実。それがめぎの故郷の実態なのだな。めぎはもはや子供を産むわけでもないし、魚がどこの水揚げなのか、どの程度の数値なのかなどは気にしないけれど、お子さんのいる方はそれぞれのお考えできっとたくさん苦労なさっているのだろう。
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↑下にちらっと写っているミニトマトはうちのバルコニーからの差し入れ。

この戻り鰹、美味しかった。サービス業の友人の仕事は震災後めっきりと減ったはずで、経済的に恐らく相当にキツイのではないかと思うが、その中でこれほどのおもてなしを頂き、感謝の言葉もない。ありのままの現実を見せてくれて、本当に本当にありがとう。その体験を、めぎは授業で生かすからね。
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次の日の朝、4時半起きして5時半にその友人と自転車で築地へ。築地のこのお店で買ったのは・・・
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美味しそうなたらこと筋子。筋子の写真は撮り忘れ。友人は馴染みのこのお店でめぎのリクエストに応じて予め筋子とたらこを注文し、朝6時に引き取りに来るとお願いしてくれていた。めぎはこれを小分けして冷凍。1年間くらいかけてちびちび食べるつもり。
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それからこんなお店で朝のコーヒーを飲み・・・
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友人はこんなお店でうちのドイツ人へのお土産の出汁巻き卵を購入してくれて・・・
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そして、こんなお弁当を持たせてくれたのだった。この頃から喉が痛くなり体調を崩しかけためぎのために、食中毒にならないようにと濃いめの味付けに煮直し、またの再会を祈ってお赤飯を炊いてくれたのだとか。至れり尽くせりの配慮を本当にありがとう。これは半分いただいてドイツに持ち帰り、築地土産の出汁巻き卵と生湯葉と共にその夜サッカーを見ながらうちのドイツ人といただいた。
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東京駅から成田空港までは、リムジンバスを使ってみた。途中で見えたスカイツリー。
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東京、日本、さようなら。
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そして帰ってきてすぐ次の日の仕事へ、早速お弁当持参。いただいた出汁巻き卵の残りと、買ってきた筋子と、rinoさんからいただいたお土産の江戸の味の漬け物と、ドイツ産のリンゴ。このお弁当箱は二段重ねで下にご飯が入っているのだが、それは撮り忘れ。
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こうして日本の4泊の旅は終わった。みなさんのおかげでとってもとっても楽しく充実した時間だった。次はいつ行けるだろう。次回はやっぱりうちのドイツ人と一緒に行きたいな。でもそのためにはいっぱいお金貯めなくちゃ・・・日本は何でもどこに泊まるのも高すぎるんだもの。ユーロにももう少し頑張って復活してもらわなくちゃなあ。
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