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めぎ家バルコニーの春の花たち [小さな出来事]

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今ちょうどめぎ家バルコニーを彩っているフリージア。
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蕾が可愛かった。
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白も清楚で素敵。
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こちらは今年盛大に咲いてくれた藤。
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ちょうど配水管に添って育てたので、撮るアングルが限られて難しい。しかもバックが黄色なので、この淡い色もあまり映えないのが残念。
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でも、写真撮るばかりが花を愛でることじゃないのよね。全体を素敵に撮ることは出来なかったけれど、一気に花がたくさん咲いた喜びに浸り、一つ一つの花の美しさをめぎたちは心ゆくまで楽しんだ。
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それからもう一つ、盛大に咲いたライラック。
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こんな風に光が当たっているとコントラストが強すぎてダメって言われるんだろうな。
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逆光で撮ると素敵だけど、露出がとても難しい。それに、逆光は背景ももっと工夫しなくちゃね。
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その昔ピアノを習っていた頃、好きな弾き方というのがめぎには小さい頃からハッキリとあったのだけど、まずは基本からといっぱい矯正された。それが最終的には正しく、基礎があってこそ自分の弾き方が作り上げられるし、人からも認められると経験したので、写真も同じかなと思う。めぎは個人的には花も光を浴びたコントラストの強い写真が好きだけど、まずは好みを脇へ置いておき、写真の基本を学んでいるところ。と言っても趣味の範囲では学ぶ時間も限られ、たいしたことは学べないけれど、ほんのちょっとでも基礎があれば自分なりの好みのアレンジも奥深いものになるんじゃないかな・・・基礎に裏付けされた個性というか、そんな感じを目指したいな・・・甘いかな。

趣味として考えた場合のこの修行の問題は、ダメ出しが多すぎて楽しくなくなることである。ピアノだって、自由に弾いているのは楽しいが、音大を目指すとかコンクールに出るとかとなってくると基本をまずものにしなければならず、その練習は結構辛いこともある。やってもやっても上手く弾けないこともある。そんなのが続くと、結局自分は才能無いし・・・とピアノそのものに背を向けたくもなる。今写真の修行をしながら、そんな時代のことをふと思い出す。好きなように、自分のいいと思うようにやってる分には楽しいが、基準を知ると何を撮ってもこれが足りないここが間違い、と何一つ良い写真に見えない。学ぶのは結構辛いことなのだ。

プロの見る目を学びたいと思ったのは、コンテストに応募しているからでもある。プロが絶対に選ばないものを応募しても無駄なだけ。コンテストに好みじゃない作品が入選していることもよくあるが、それはさておき、やるからには基準を知りたいと思う。喩えるなら、入試の傾向と対策って感じ。傾向を知り対策を練った上で、応募し続けるか、楽しむに留めるか、いつか再び考えたいなと思っている。だって、究極を言えば、コンテストに入賞することがめぎの最終目標ではなく、入賞できるような技術を持ち、撮りたいものをもっとうまく撮れるようになりたいのだもの。

陰になっていたときに写した優しい色合いも確かに綺麗。
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お花の撮影、難しいわねえ。あまり深入りしない方がいいかな・・・

撮影: D600 + 105mm(F2.8)micro/ 58mm(F1.4)
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