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今年のイースターに思うこと [文化の違い]

この日曜日と月曜日は2017年のイースター。
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イースターにはこんなふうに木の枝に卵の飾りをぶら下げる。イースターの飾り付けをするのは数年ぶり。
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ここ数年イースターには旅をしてて・・・去年はポルトガル、その前はギリシャ、その前はトルコ・・・と。昨年はイースターの直前に帰ってきてはいたものの、飾り付けなどはせずただ休んだだけだった。

買ってきた枝は桜なのだけど、まだまだ堅い蕾。切り枝でも咲くかしら・・・
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飾った卵は10年くらい前に手作りした素朴なものと・・・
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義母が以前贈ってくれたゴージャスなもの。
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今年のイースターは天気も悪いし気温もぐぐっと低くなっちゃって、4月中旬という比較的遅い時期にもかかわらずなんだかまだ冬みたい。ちょっと散歩に行ったけど、写真撮ってたら手袋要るかな~と思うほど風が冷たかった。

それに、どうも気分があまり楽しくない。なにしろ、先週こんな事件が起きたから。写真はこちらから。
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先週の火曜日はチャンピオンズリーグのドルトムント対モナコの試合が予定されていた。その直前、ドルトムントのチームが乗ったバスが襲撃されたのだ。未だ犯人は捕まっていないし、テロなのかなんなのか、テロだとしたらどこの組織によるものなのか、ハッキリ言って何も分かっていない。分かっていることは、その襲撃の爆弾がかなり威力のあるもので、普通のバスなら一発で簡単に爆破されていたはずなのだが、このサッカーチームのバスはほとんど戦車のような堅い作りだったため複数浴びても爆破せずに済んだのだということ。それでもガラスが割れ、中にいた選手の一人が腕を怪我して緊急手術しなければならなかったのだから、その襲撃の威力は凄まじい。

やりきれないのは、選手たちの受けた衝撃より何より、サッカーの日程が優先されて世の中が動いていくことである。その日の試合はもちろん中止となった訳だが、UEFAは試合の一日延期を決定。なんでも他に日程が見つからないから、ということだったが、襲撃された選手たちは次の日に「大事な」試合をしなければならなかったのだ・・・殺されかけた人が、次の日のサッカーの試合を、いくらそれが彼らの仕事とは言え、「大事」に思えるだろうか。世の中は経済優先なのだ。サッカーで動くお金は膨大なのだから。一日延期された試合は2対3で負け、相手側の3点のうちの1点は負傷した選手の代わりに出た選手のオウンゴールでその選手がなんとも気の毒だったし、ドルトムントの2点目はカガワが終了間際にゴールしたもので、これでモナコでの2戦目で逆転勝利することに望みを繋いだと英雄視されているのだが、しかしそれはサッカーのことだけを見ればそうだけど、選手の方はほとんどみなサッカーどころではない。この土曜日にはブンデスリーガのいつもの試合もあった訳だが、ドルトムントがそこで勝利をしたにもかかわらず、これで少し吹っ切れるか?と聞かれたキャプテンは「何を聞くんだこいつ?」というような憮然とした表情で、今は正直なところサッカーの試合の日程のことだけを考えてそれまでに体調を整え勝利を目指す、という日常からは心がずいぶん離れてしまっている、というようなことを言っていた。彼らにしてみたら、勝てば命の保障がされるという訳ではないのだから、勝ち負けなどどうでもよいのだろう。勝ちたいという意欲にみなぎってピッチに立てるというような状態には程遠い。

そんなことがあったので、イースターなどというキリスト教の行事の日にはどこかで何かあるかも知れないなあなんてやっぱり心の中のどこかで思ってしまうし、ヘルシンキでも空港やアリーナで、ここで何か起こる可能性だってあるんだよなあといつも思ってたし、それでなんだか鬱々とした気分なのだ。領事館からは毎日のようにあれに気をつけろどこで気をつけろというメールが届くし、それには「ここは日本ではないという意識を持ち・・・」なんて書かれてるけど、それじゃ日本だったら安全なのかと問えば、変な陰湿な事件も妙に多いし、地震や台風に加えどうも焦臭くなってきたし、しばらく日本は避けた方がいいかもねぇなんて外から見ている人に言われてしまう有様。四方八方、安心できる世界も平和な未来も見当たらない。

しかし、いくら危ないからと言ってもそれじゃみんな自分のうちに籠もりますか?と問えばそうはいかないし、危ないかも知れないけど人の集まるところへ例えば買い物に行く訳で、買い物に行く人がいなくなれば経済も停滞するし、サッカーやフィギュアスケートの試合が中止されればそれでもまた経済が停滞する訳だ。経済が停滞すれば生活も停滞する訳で、誰かのお金儲けのことはさておき、停滞させてはならないという理屈もよく分かる。人間は生きていかなければならないし、その生きていくということはお寺や修道院に篭もることではないはず。だいたい、自分が襲撃に遭った訳ではないのにあれこれ耳に入ってくる情報で縮こまってしまってはそれこそテロリストの思うつぼだし、冷静に普通に生活していかなければ・・・そんな風に考える2017年のイースター。教えている学生や生徒たちの未来は、これからどうなるのかしら・・・と思いながら、めぎもやはり自分の経済のために教えに行かねば。
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↑蝋燭がふにっと曲がっているのは、屋根裏で昨年夏に温まったから。

イースターとは、キリストの復活祭(金曜日に磔にあって一度死んだはずのキリストが日曜日に復活したというのがイースターで、それを信じるか否かがキリスト教信者になるか否かのポイント)。めぎもこの機会に春の復活を祝って、明るい未来を祈りましょ。枝の桜も咲くといいな。
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撮影: D600 + 105mm(F2.8)micro
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