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9月後半のめぎ家の食事 [食べ物・飲み物]

もう9月も終わり・・・年末まであと3か月、めぎ家はその頃いったいどうなっているのかしら・・・

義母の訪問が終わり、日常が戻ってきた。これはトマトと羊のチーズのオリーブオイル&色々なハーブ炒め。
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茹でたジャガイモと一緒にいただく。これ、とても美味しいのだけど、うちのドイツ人の息子はあまり食が進まなかった。トマトが嫌いらしい。と言っても火を通したのは好きだと言っていたのだが、これはかなり生の風味が強かったのかも。
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でもねえ、うちのドイツ人だって、息子の好きなものばかり作ってはいられないのよね。もはやお客さんじゃないんだし。ちっちゃな子どもでもないんだし。季節の美味しいもの、9月にしては異例の暑さで完熟の甘いトマトをいっぱい食べておきたいしね。

息子がドイツに来てから義母が来るまでの約3週間は、住民登録やら労働局(ハローワーク)への登録(注1)やら高校卒業・成績証明書の日本からの取り寄せと翻訳と審査申請(注2)やら子ども手当(注3)の申請やら身分証明書(注4)の申請やら、あれこれ手続きに追われ、その手続きが普通の人の10倍くらいの時間をかけてやっと終わると言うことにちょっと違和感を抱きつつも、まあ本人が自分で試行錯誤しているのだから、とポジティブに受け取っていた。しかし、義母が帰ってからはぴたりと動きが止まり、やる気がなさそうで、印象が変わっていった。これは、進展が無くなってから1週間経った週末の夕食。サッカーニュースを見ながら。
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(注1)息子は職業訓練をしたいということでドイツにやってきたので、労働局にその旨申請。ドイツの職業教育は普通2年間で、企業なり何らかのマイスターのところなりでその職業の訓練生となり、働きながら週に2回はその道の専門学校に通い、2年後にその道の資格をとる、というものである。それがどんな職種であれ・・・営業も会計も在庫管理も大工も電気工も、全て同じように職業訓練を行う。訓練生の間は給料が600ユーロほど支払われ、通う専門学校代も無料である。労働局はその職業訓練のポストを斡旋してくれる。
(注2)日本の高校を卒業したらしいのだが、その資格で何かをしようとすると外国人扱いになる。ドイツ人として今後進学や就職を考えるなら、その資格がドイツのどの高校レベルの卒業資格に当たるのか、具体的に言えば、大学進学資格に該当するのか、専門大学進学資格に該当するのか、職業訓練をする資格に該当するのか、役所が審査認定する。
(注3)ドイツでは18歳まで子ども手当が支払われるのだが、それを過ぎても子どもが学生や職業訓練生の場合は25歳まで受け取ることが出来る。息子は18歳を超えて扶養を外れているため、まずは扶養に入れる申請から始めたのだが、役所からは、なぜ18歳から20歳までの今まで申請しなかったのかとか、日本で手当をもらっていないのかとか、あれこれ調査の返事が来て、未だ支給は始まらず。
(注4)ドイツでは身分証明書携帯が義務づけられており、パスポートしか持っていない息子はドイツの身分証明書の申請をしたのだが、必要書類が不備で何度も出直し(写真を持って行かなかったとか、持っていったら寸法が違っていたとか、パスポートとサインが違うとか、申請料が足りなかったとか・・・)、受理されるまでに1週間ほどかかった。


再び七面鳥。これには大いに食の進む息子。やっぱり若者は肉なのね~ここまで1週間何もせずただパラサイトしている息子にだんだんイライラしてきていた父親との間でちょっと不穏な空気だったけど、息子はいたって食欲旺盛だった。まあ、サッカーには興味ないのでむっつりもくもくと食べ、食べ終わるとすぐ部屋へ引き上げていったのだが。
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ドイツに来たばかりの頃はあれこれ料理の手伝いをしていた息子だが、それもぱったりとしなくなった。どうも生活が昼夜逆転してて、お昼過ぎにやっと起きて、なんだか豪勢な昼食を2時間くらいかけて自分の分だけ作って食べて(その材料費はもちろんうちのドイツ人とめぎが負担している)、それで疲れてのんびりして、5時くらいになってから役所などに懸案事項の質問の電話をし出すのだが、もちろん時間は過ぎてて誰にもつながらず、結局解決せずにそれで終わり、棚上げ状態でなにやら別のこと・・・スマホの契約やらiPhoneの何かやら下着を買いに行くとかし出すのがそれ以降で、夕食に遅刻して帰ってくる、または部屋に籠もる、という感じなのだ。
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電話しなくとも、必要書類はネットに出ているよ、と言っても、ネットで確認すると言うことをしたがらない。たぶん、読めないのではないかと思う。いや、多少は読めるのだが、大量の文章から必要な情報を見つけ出すことが出来るほど堪能ではないというか。息子は日常会話は問題ないけれど、大人として必要なドイツ語は全く身に付いていないのだった。承認とか登録とか、そういう単語を知らなかったりして、ネットでどのページを見ればいいのかも探せないらしい。それでネットで調べる努力をするのが面倒で直接電話するのだが、ネットに出ていることを聞かれる方はめんどくさいと思うだけだろうし、子どもっぽい受け答えなのであまり相手にされなかったり、そもそも勝手な思いこみで「こうでしょ」と問い合わせ、自分の都合のいいように相手の返事を受け取るので、1週間に1回くらいなんとか午前中に起きていざ手続きに出かけても、必要書類不備で受理されないということが続く。
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日曜日11時半からのマウスにも、遅刻気味。ま、日曜日だからね・・・
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それでも、最初の3週間は父親が手伝ったり車でそこまで連れて行ったり後押ししたりして進展したのだが、ここ2週間は、テーマが職業訓練のポストへの応募という本格的な課題に移り、一気に現実が目の前に迫ったためか、息子は何もしようとしなくなり、全てが停滞した。具体的には、履歴書やら応募動機やらを書き、職業訓練したい企業や職種を選び出し、または労働局が紹介してくれた企業に応募しなければならないのだが、まず履歴書作成の時点で自分の履歴を父親に見せたがらないので永遠と時間がかかり(そもそもどうして履歴書を提出する必要があるのかと駄々をこねる有様)、作文が苦手で綴りなども間違うので応募動機もなかなか書けず、彼のような外国からの帰国者向けのドイツ語コースがちゃんとあるのだがそこに行こうとはせず、さらに応募したい職種もいつまで経っても決まらず、労働局が教えてくれた様々な職種を紹介するサイトや適性を調べるサイトなどもちゃんとチェックせず、労働局が促したところへ応募しようにもなぜか突然メールが送信できなくなり、さらに労働局が渡した所定用紙を一枚紛失したり・・・と、いう感じ。いつまで経っても何も進展しない有様にうちのドイツ人はずいぶん忍耐強く接していたけれど、内心は日々イライラを募らせ、本当に職業訓練をするつもりあるのか?今までみたいに、うちに引き籠もって何もせずただ親に食べさせてもらうつもりなんじゃないのか?という疑問がもくもくと湧き上がってきたのだった。
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上にも書いたが、ドイツでは18歳を超えると、学生だったり職業訓練生だったりしない限り、扶養に入れないのだ。扶養に入れないと言うことは、子ども手当ももらえないし、税金の優遇もされないし、家族健康保険にも入れないし、そしてなんと言っても、親にはもう養う義務がないのである。そして、うちのドイツ人は、扶養に入っていないパラサイトの大人の人間を一人養うほどの財力は持ち合わせていないし、そんなことはするつもりも無いのだった。
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そしてある晩、うちのドイツ人は息子に静かに尋ねた。

今日は応募したか?
いや。
どうして?
担当者のメールアドレスに送信できないと電話したら、担当者があとでメールする、と言ったのに、まだ来ないから。

・・・それは、メールが上手く機能しないから応募できない、と言い出してもう3日目であった。どこの誰が、メールが機能しないと電話してくる人間を採用するだろうか?息子には、是が非でも職業訓練のポストが欲しい、という意欲に全く欠けるのだ。うちのドイツ人は堪忍袋の緒が切れ、ものすごく静かに、とうとうこう言い出したのだった・・・

大学に進学するなり、職業訓練を受けるなりしないと、扶養は外れる。とにかく応募して面接を受けてみるなり、一歩一歩前進するならもう少し様子を見るが、これ以上何もしないのなら、来月から部屋代400ユーロを払ってもらう(注5)。食事代200ユーロはまだ面倒を見てやろう。

(めぎ: (内心)へええええええええええ!!!!!)

息子: 前には年内いっぱいは部屋代を出してくれると言っていたのに、10月まであと数日という時になってそんなこと言われるのは納得できない。
父親: 年内いっぱい負担するのは、進路決定に向けて日々努力することが条件だ。何もしていない状態の人間を援助するとは言っていない。
息子: お金もないのにそんなことできない。
父親: 一時間10ユーロのアルバイトを一日2時間すれば払える。お前はそのくらいの体力はあるだろう。
息子: どうやってアルバイトを探すのか、知らない。
父親: マクドナルドやアジアレストランにでも行けばいつもアルバイトを募集している。行ってみるといい。アルバイトをするか、自分が上げた定期預金から払うかは、お前次第だ。

そう、うちのドイツ人は成人した息子に渡すためにずっと定期預金をしてきて、それがかなりまとまった結構な額で、実はめぎより父親よりお金持ちなのだった!!

しかし・・・

息子: 部屋代を払うなんて、ドイツに来てたった一ヶ月でそんなことを要求されるなんて、納得できない。
父親: それはお前が全く何もしないでただ遊んでいるだけのようだからだ、遊び代は自分で払うのが当然だ。
息子: ボクはそうは思わないし、払うつもりはない。
父親: 職業研修を始めれば、収入が入って払える。進学すれば、市から補助金ももらえる。そのどちらも実現できないなら、アルバイトして払え。払わないなら部屋は解約する。
息子: そんな言い方、出て行け、と言っているのと同じだ!
父親: 出て行けとは言っていない。勉強するなり、働くなり、何かを始めろと言っているんだ。父親にお金を期待しても無駄だ。お金以外のものならなんでも上げよう。
息子: 何を?
父親: 人間としてどうやって生きていくかという経験や、男としてどんな心構えが必要かと言うことや・・・
息子: そんなもの、いらない。
父親: それじゃ、悲劇的だが、あげられるものは何もない。
息子: それは出て行けと言っているのと同じだ!もう部屋に戻る。
父親: どうぞ。それはお前の決断だ。お前は成人なのだから、自分で決断し、行動できる。何もしないというのがお前の決断なのなら、それはそれで結構。しかし、その場合は部屋代は払ってもらう。
息子: こんな話ばっかり、毎晩長々と、うんざりだ。それじゃ。

というわけで、またもや彼は部屋に引き下がり、議論は打ち切りとなった。

(注5: 息子が今住んでいる部屋というのは、めぎ家のあるアパートの別の階の一室で、そこはうちのドイツ人が長年仕事部屋として使ってきたのだが、事情が変わってその部屋は要らなくなり、ちょうど解約したところだった。息子が現れたのでとりあえず大急ぎで解約を取り下げてもらったのだが(次の入居が決まって無くてよかった!)、その所為で財政が圧迫されているのは事実である(なにしろ月400ユーロ、約4万6千円なのだ)。めぎ家には息子に与える部屋はなく、息子には早急に職業訓練を始めて自分で稼いで部屋代を支払ってもらう必要があるのだった。)

こんな感じの議論が毎晩毎晩繰り返されるのだ・・・夕食の写真をとるのも難しくなった。だから、食事前のスープやサラダの写真しかないのだ。うちの中のこの空気、ハッキリ言ってかなりしんどい。
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でも、このような状況の息子を見て誰よりも悲しんで苦しんでいるのは父親のうちのドイツ人なのだ。なんとか息子を普通の20歳の生き生きと未来に向かって進んでいく青年に戻してやりたいと努力するものの、何を言っても空回り。息子に自分でさせないで父親が全部やればもうとっくに手続き終了しているものも多いだろうが、自分で道を切り開く、自分で努力する、自分が未だ出来ないことを認識し、それを埋めるよう努力して、自分で勝ち取る、というのを学ばせない限り、今までと同じ・・・なにしろ日本で今まで何も、全く何もせずに学校へも行かずに中学も高校も卒業資格を得、iPhoneだってアップルのPCだってユニクロの服だって運転免許をとるお金だって、なんでも揃えてもらってきたのだから。しかし、運転免許の書き換え(注6)さえも書類不備で受理されずに戻ってきた息子を前に、もはや為す術がないのだった。あれほど必要書類をサイトで確認しなさいと言ったのに・・・なんなら一緒に見ようとも言ったのに・・・自分で電話して聞くからいい、と拒否して確かに本当に自分で電話してあれこれ尋ねていたのに、いったい何を聞き、何しに行ったのだろう?一事が万事そういう感じで、自分一人でやりたがるのはいいけれど、独りよがりで助言を聞く耳も持たず、受理されないのは役所がおかしいから、父親が意地悪だから、ドイツのシステムが変だから、という結論に至るのだった。こんな状況で、百歩譲って、こうして部屋代支払いなどで脅して強制的に職業訓練のポストに応募させてひょっとして採用されたとして、この青年はちゃんとその職業訓練に毎日通うのか?朝7時半や8時から始まるドイツの仕事社会の中で、本当にやっていくつもりなのか?そうはとても思えない・・・

(注6)日本でとった運転免許は6か月以内なら無試験でドイツの免許に書き換えられる。それには写真やら免許証の翻訳やら住民票の登録用紙やらが必要なのだが、用意せずに免許証だけ持って行ったようである。

黒い皿にキュウリの輪切りと一緒に乗っているのは、知り合いからフランス見上げにもらったウニの缶詰。パンに塗って食べる。
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このあと、月末ギリギリになって、観念したのか、とりあえず一つ応募さえすれば部屋代支払いを免れるかも知れないとようやく気がついたのか、労働局が紹介したところへの応募一つだけは、突然メールアドレスが復活して(?)したらしい。本当は応募しなきゃならないところは複数あるんだけど、それは所定用紙がなぜか紛失し、父親が捨てたんじゃないかとまで言いだしたみたいだけど。そして、応募してひょっとして採用されたりしたら本当に働かなきゃいけない、そんなのまだしたくない、なんて言ったりしてるけど。この日は疲れ果てて、ずいぶん前に鶏ガラで出汁をとっておいたスープに、とっておきのうどん。上に乗っている肉は先日の七面鳥の残り。
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そんなこんなの9月後半のめぎ家。秋分の日を過ぎ、日々どんどん暗くなってきて、ただでさえ気の滅入る時期に入るのに、うちの中もどんより暗雲。稲妻が走り、雷雨になり、土砂崩れが起きる日が一刻一刻近づいているような気が・・・。それともこの暗雲のままなあなあと踏み堪えるのか?めぎ自身は仕事が忙しいので、細かいことには一切関わっていないし、まあ結局のところは自分の子どもではないので高みの見物なのだが、なんとも言いようのないやるせなさを感じる9月だった。

サッカーを見ているときと、授業しているときだけが幸せ、かな。この状況を頭からすっぽり忘れていられるので。これは生プルーンのコンポートと生チーズ。
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いや、でも、ホント、どんな映画より小説よりドラマだけど、なかなかドラマチックに筋が展開しないところがやっぱり映画や小説じゃない、という感じかな。


撮影: D600 + 35mm(F1.8)
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9月前半のめぎ家の食事 [食べ物・飲み物]

今日は9月前半の食事の中から、家の中で食べた分を。

3人分の食事を用意するのがまだ目新しくて、分量になかなか慣れなかった頃。写っている鉢植えの花はうちのドイツ人の息子がマルクト市場で選んだもので、とっても綺麗。
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突然日本からドイツにやってきた息子は、この頃は料理の手伝いなどを積極的に行っていた。たぶん、父親との時間を楽しんでいたのだろうと思うし、ドイツに早く慣れたいという気持ちもあったのだろうと思う。この日、サラダを用意したのはめぎで、ジャガイモとステーキはうちのドイツ人で、ほうれん草をソテーしたのは息子。福岡に所縁のある息子はごま油味が好みのよう。上に乗っている白いのは松の実。
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やってきて10日くらい経った頃の週末、かしわそばが食べたいと言って、息子が自分で作ったもの。これは大騒動だった・・・まず、ドイツでは鶏のもも肉は骨付きで売られているので、自分で解体しなければならない。次に、柏そばと言えば父親が作ってくれるものと思っていたようなのだが、うちのドイツ人はかしわそばを知らないし、そばつゆの作り方も知らない。うちのドイツ人に教わって鶏肉の解体をしたはいいものの、その後どうしてよいか分からない息子はめぎに尋ね、めぎにそうめんとめんつゆをもらい受け、鶏を焼いたりネギを切ったりめんつゆを温めたりしてあれこれ試行錯誤の後に出来上がり。
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その様子は、少年が実験してみるような楽しさと、初めて料理する子どもが親を巻き込むときのような大事(おおごと)性があって、20歳とは言え、12~3歳くらいの少年みたい。上手ね~美味しそうね~と言われてまんざらではない様子だったのが小学生みたいに可愛い。彼の成長は、日本に連れて行かれた時点で止まってしまったのか。

ある日は、息子が小さい頃によく作っていた料理を再現。これは冷凍のほうれん草を挽肉と茹でたジャガイモと炒め煮した料理。めぎ以外は生クリームで味付け、めぎだけ塩・胡椒で(めぎは生クリームがあまり好きではないので)。
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食欲旺盛な息子のために、最近七面鳥が大活躍。ドイツでは七面鳥は非常に安く、大きくて便利なのだ。紫色のは赤ビートの摺り下ろしサラダ。サヤから出して茹でたグリーンピースはこれが最後。
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↑このあと、息子はこの植物への水遣りをすっかり放棄し(たぶんすっかり忘れ)、あっという間に枯れ果てていった・・・その様子はあまりに哀れだったのだが、うちのドイツ人が息子にやらせるというのでそのままに。枯れた花を見ても気にならない息子。いや、枯れているとは気がつかない息子。むむむむ。

サッカーを見ているときにすっかり暗くなって、秋だなあと感じる。息子のリクエストでイチゴをデザートにしたが、息子はサッカーに興味が持てず、食べ終わると部屋へ引き上げていった。
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いや、サッカーに限らず、いったい何に興味があるのか分かりかねているうちのドイツ人とめぎ。世界の珍しい景色や文化や習慣などをテーマにしたドキュメンタリーが好きなようで、よくネットでそういうのを見ているようなのだが、それ以外となるとさっぱり。テレビも見ないし映画も見ないし本も読まないし雑誌も買わないし音楽も聞いていないようだしゲームもしてないし、好きな俳優とか女優とか歌手とかスポーツ選手とかもいないようだし。

この日は豚バラ肉の塊とキャベツの煮込み。
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うちのドイツ人の最も知りたいことは、息子がどうして日本での暮らしをやめてドイツに来たのか、ということに尽きる。3年前には日本の方が暮らしやすいとハッキリ言い切っていた彼が、どうしてドイツで職業訓練をしたいなどと言いだしたのか。日本でいったい何があったのか。日本でいったいどういう暮らしをしてきたのか。日本で卒業した高校というのはいったいどういう学校なのか。母親とはいったいどういう状態なのか。いったい何がきっかけで、何が破綻してドイツにやってきたのか・・・なにもかも、全く分からないままである。少なくとも高校の卒業証明書を送ってもらったりは出来ているので縁を切られた訳ではないようだが、母親のことは一切話したがらない。昔の思い出話さえ、嫌がる始末である。そして、送られてきた書類も父親には決して見せたがらない。昨年秋からこの春5月頃までブレーメンにいたらしいのだが、そこで何をしていたのかも、どこで何をしようとしていて何を成し遂げられなかったのかも、決して明かさない。卒業証明書すら見せない息子を、ドイツのどのレベルに当たるかも分からずに(見せてもらえない以上、本当に高校の卒業証明なのかも怪しい)、どうやって導けばいいと言うのか。ハッキリ言えば見知らぬ青年が目の前にいる感じで、家族なのか、一時期のホームステイなのか、なんだか狐につままれたような、どうにもつかみ所のない状態が続いている。
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それでも、9月中旬の義母の訪問の前くらいまでは、ある意味新鮮なお客さんで、やり方はこちらから見ると不器用でまどろっこしくとも自分でなんとかしていきたいという意欲が見えて、印象はポジティブだった。うちのドイツ人も、ある意味失った時間を取り戻すが如く息子に接していたし、でも3年前の轍を踏まないよう十分気をつけてもいたし、息子の方もそれなりに一生懸命だったし、父親との時間を楽しんでいるようだった。ある日は二人でヨットに乗りに行ったり、こうしてケーキを焼いてみたりなど、時間を見つけては休暇を楽しむが如くそこそこ楽しそうに過ごしていた。以前と違ってめぎともそこそこ世間話をするし、話すとそこそこ頭もよく、普通に職業に就ければ悪くない人生も待っていそうな、そんな期待も抱かせるような雰囲気さえあったのだった。
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しかし、その時期が過ぎ、いよいよ現実が目の前に迫ってきた頃から、雲行きが怪しくなってきた・・・
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撮影: D600 + 35mm(F1.8)
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バルコニーライフの終わり [食べ物・飲み物]

そろそろ月末・・・ということは、今月の食事の話をまとめなきゃ。今回は3回に分けてご紹介。まず今日は、9月前半の暑かった日々の頃のお話を。

今年のドイツの9月は異例な暑さで、なんとなく空が高くなってきたような気のする色なのに、植物はそろそろ冬の準備に入ってもいるのに、暑くて日傘を使用していた。
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クレマチスも絶好調に咲いていた。
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8月終わり頃にうちのドイツ人の息子が突然現れて居座って、それ以来3人での夕食。20歳の彼は食欲旺盛だが、アルコールは全く好きではなく、アップル生ジュースの炭酸割りを好んで準備。めぎは白い羽ちゃん、うちのドイツ人はお馴染みプロセコ・カシスリキュール割り。グリーンピースは夏の名残。アルミホイルの中はジャガイモ。大きなステーキはめぎとうちのドイツ人は食べきれず、息子はぺろり。
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あ、秋になったんだな、と感じたのは、夕食時に薄暗くなってきたとき。これは焼きズッキーニをミキサーでヨーグルトや白ごまペーストなどと混ぜ合わせたもの。
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連日30℃越えだったのは9月15日まで。これは9月14日の撮影。暑いけど、美味しそうに見えたカボチャをスープに。秋の味覚を半袖着てバルコニーでいただくなんて、変ね~と言い合いながら。
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食べ終わる頃にはすっかり夕焼け。ああ、秋になってきたわねえ・・・
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夏は23時近くに日没なのが、この頃は19時50分頃。これは21時頃の撮影。
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撮影: D600 + 35mm(F1.8)
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