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降伏の日に思うこと

ここはオーストリアとドイツの国境の町、ブラウナウ。正式にはブラウナウ・アム・インといい、イン川のほとりのブラウナウという意味である。場所はザルツブルクから北へ60㎞ほど。オーストリアの小さな可愛い町。
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しかし、この小さな町には住民が消したくても消せないところがある。それはこの黄色い建物、アドルフ・ヒトラーの生家。生まれたのは1889年のこと。
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この町にはヒトラーの生家を示す看板も標識もない。地図にも出てないし、グーグルマップで見ても生家とは書かれていない。Hと書かれた黄色いのはバス停で、人々はまるでこの建物が存在しないかのように気にもとめずバス停に並び、路肩の駐車場に車を駐める。この建物にも、建物の前にあるこの石にも、ヒトラーの名前は全く書かれていない。ただ、平和と自由と民主主義への支持と、二度とファシズムが何百万人もの人々を殺すことがないようにという祈りが刻まれているだけだ。
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今日は日本降伏の日。終戦記念日という表現は日本でしか通用せず、世界では日本降伏の日と呼ばれている日。同じく敗戦したドイツの降伏の日は5月だが、ドイツでは正直に降伏の日と呼ばれている。現実をちゃんと正確な言葉で表現するところから何事も始まるような気がするのだが、文化の差と言えばそうかも知れない。しかし、世界中からこの日がどういう風に表現されているかも、やっぱり知っておくべきではと感じる。

戦後70年目の降伏の日に際し、以前書いた記事のリンクを貼り付けておく。めぎの思いは特にコメント欄にしたためてあるが、その記事を書いた頃とずいぶん様相の変わってきている日本に、改めて思いを強くしている。言いたいことは、ヒトラーのしたことは、ナチスのしたことは、確かにとんでもないことで、それには弁解の余地もないのだが、同じようなことは世界中のどの国にも起こり得ることで、しかも既に多くの国々が別のやり方でほぼ同じようなことをやっているということと、それはつまり日本だってアメリカだって似たり寄ったりだということである。ドイツだけが特異な訳ではない。

大きな違いは、ドイツはこの過ちを世界中に認めて償っているということだ。もしかしたらそういう意味ではドイツは日本やアメリカより潔いとも言えるかも知れない。なにしろ、戦後70年目の今年、94歳の老人がナチスの戦犯として有罪判決を受けたのだ。94歳!もう70年前のことなのに・・・その人は、アウシュヴィッツでユダヤ人虐殺に使われる毒ガスと知りつつ注文を扱い、移送者の誘導をしていたのだという。ナチスの命令に従わないなんてことが考えられなかった当時、心ならずも仕方なくやったとも言えそうなのに・・・94歳にもなって、未だその罪を免れないとは。日本やアメリカで当時軍隊の命令で空襲したり一般住民を殺したりした人たちが、70年後の今になって罪に問われると想像してみれば、その徹底さが分かるだろうか。その当時、だれが命令に背けたというのか、と恩赦されるのが一般的だろう。そうやって徹底的に罪を追求することで、ドイツは再び尊厳を勝ち取り、ヨーロッパ諸国から赦され、受け入れられてきたのだ。

とは言え、そんな努力をしているドイツなのに、オーストリアの人々は未だドイツを悪く言う。ドイツは大きくて強くて威圧的で、本音を言えば二度と関わりたくない、オーストリアはちっちゃくなっちゃったけど解放されて癒されたのだ、などと高らかに言う。国の大きさや強さを口にするのは、ハプスブルクがかつてはドイツの比ではないほど強大だったのに、今やオーストリアが本当に小国になってしまったことへの悔しさの裏返しかも知れない。が、同時に、どんなに心を込めて償い続けても、相手の心が本当に癒えるのには長い長い時間がかかるというか、癒えることなどないのかも知れないとも思う。しかし、いずれにせよ過ちを認めなければ関係改善はあり得ない。方や長いことハプスブルクの領地だったイタリアのチロル地方では、オーストリアにとうとう勝利したソルフェリーノの戦いの1859年という年が歴史上なにより大事だとかで、未だにその地方ではドイツ語を話す人々とイタリア語を話す人々との間に多少のわだかまりが残っているのだとか。ところ変わればオーストリアがとんでもなく強大で悪者だという訳だ。しかしそのわだかまりもようやく若い世代で溶けつつあるという。それがこの70年のヨーロッパの努力の成果である。ヨーロッパはそこら中にそれほどの複雑なわだかまりを抱えつつEUをまとめたのだから、ホント凄いな・・・内部にどれほどの葛藤があることか。しかし、だれもがそれを乗り越える努力をしているのだ。本音では憎みながら。

そういえばその話を聞きながら思いだしたのが、あのサウンドオブミュージックのトラップ一家。映画ではアルプスを越えてスイスへ亡命することになっているが、本当にスイスへ向かったとしたらそう容易には国境を越えられなかったことだろう。本当のトラップ一家はオーストリアの北イタリア支配のおかげでイタリアのトリエステの市民権を持っていて、オーストリアから汽車でイタリアのチロルへ逃げたのだとか。そこからフランスへ、そしてイギリスへ、そしてアメリカへと渡ったのだが、それが実現できたのはオーストリアがかつて北イタリアを治めていたからに他ならない。さらについでに言えば、本当のトラップさんはオーストリア・ファシストで、ナチスとの政権闘争に敗れたから亡命せざるを得なかったというのが現実で、もしその頃ナチスではなくオーストリア・ファシズムがオーストリアの政権を取っていたら、世界の歴史は全く異なっていたかも知れない。少なくともあのロマンチックなサウンドオブミュージックには、全く描かれていない黒い裏がたくさんあるのだ。ドイツやオーストリアの人があの映画を全く見ないのは、アメリカが都合よく脚色した虚構だからである。作り事として割り切ってあの映画を見れば、美しく切なく感動的な映画なのだけど、当事者にはそうは割り切れないものがあるのだろう。

ヒトラーの生家の前の石は、マウトハウゼン強制収容所から運んだらしい。生まれ育った辺りにも強制収容所を作ったのね。
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ヒトラーはブラウナウで生まれ、主にリンツで育ったオーストリア人。オーストリアにはスラヴ系やらハンガリー系やらたくさんの民族がいて、その中でヒトラーはドイツ民族系だったそうだが、そもそもドイツ系は90%以上だというし、モーツァルトだって自分自身をドイツ人と呼んでいたほどだから、今の国境でものを考えてオーストリア人とかドイツ人と呼ぶのはたぶん正しくないのだろうと思う・・・が、とにかく生まれはオーストリア・ハンガリー帝国人で、1932年にドイツ国籍を取得したのだとか。そして、何をどう説明しようとも、どうにも変えようがないのが、ヒトラーがここで生まれたという事実。ブラウナウの人々は、その事実をずっとずっと背負って生きていかなければならない。

この建物は現在空き家になっていて、取り壊すこともできなければ、維持するためにどう利用していくかも決まっていない。そんな話がこちらに載っている。ちなみにこの建物はヒトラーの側近の一人だったマルティン・ボアマンが当時購入し、その名残が入り口の上のここに残っている。言わば、この建物がヒトラーにまつわるものだと分かる証拠は、このマルティン・ボアマンのMBという文字のみである。
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ヒトラーがここに生まれたのは単なる偶然だ。それと同様に偶然この町に生まれた罪のない人々にとって、この残酷な歴史と向き合うのって、本当に辛いことだろうな。そのことには触れたくない、それは単なる偶然で、今の自分たちにはなんの責任もないし、ここに生家があるという事実はできれば消してしまいたい・・・というのが本音だろう。しかし、事実は決して消えないし、それによる憎悪も決してなくならない。それは、偶然日本に生まれためぎの置かれている立場とも重なる。

撮影: D600 + 24-70mm(F2.8)
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Baldhead1010

神が試練を与えるのか、もともと人間はそういう生物なのか。

バベルの塔以前の協調できる世界に戻って欲しいですね。
by Baldhead1010 (2015-08-15 04:29) 

engrid

考え深いです、
外からの捉え方と、うちからの捉え方の差に、気づくべきなのでしょうね、争いの結末を、しっかり認識して 化粧なおしのような上塗りは、止めにしないと、戦争は負でしかないと思います
by engrid (2015-08-15 07:32) 

ぽりぽり

関係の無い話しですが、一部の方がナチスと旧日本軍を同列に扱うけれど、それはまったく違うと思います。これは特亜のプロパガンダに洗脳されている人の考え方、印象操作された歴史観とみなされると思います。
by ぽりぽり (2015-08-15 10:35) 

yamagtxp

初めまして。失礼ながら、時々貴方のブログを拝見しております。
今回は、いろいろと勉強になりました。
私の出身大学の同じクラブの女性が、やはり貴女と同じ様に
ドイツ人の旦那と所帯をもっているので、3年前にミュンヘンまで行きました。あの素敵な街が、戦争の発端となった街だったとは、帰国後に知りました。そして、ミュンヘン・オリンピックに使用された場所が、
第2次大戦時の瓦礫を埋めて作られたとは知りませんでした。
by yamagtxp (2015-08-15 18:32) 

ナツパパ

初めて聞くお話がたくさんあってビックリです。
それぞれの国でそれぞれの感想があって当然ですね。
ドイツの方々は、ヒトラーを、あれはオーストリアの人間、
と思ってはいないのかしら。
by ナツパパ (2015-08-15 18:56) 

Bonheur

昨夜はこちらのTVをつけるとどのチャンネルでも戦争に関する番組を放送していました。
ドイツ関係ですと、折角ドイツは自らの行いを反省しているのに、ネオナチが、空襲のあったドレスデンを利用して、自分たちは被害国で、連合国が悪い、というプロパガンダを行っているという放送がありました。当時の空襲の被害を受けたドレスデン在住のおばあちゃんが、ネオナチに対して怒りのコメントをしてました。
ネオナチの活動についてあまり知らなかったのですが、未だこんなことをしているのか、と驚きあきれました。
by Bonheur (2015-08-16 14:39) 

YAP

たしかにドイツは潔いと思いますし、日本もその姿勢は見習わなければならないと思います。
ただ、その謝罪をいつまで続けなければならないのか?
当時、ひどい仕打ちを受けた人たちが健在なうちは、当然ながら必要でしょう。
文字通り、「一生をかけて」償うべきと思います。
ですが、その子や孫の世代まではどうなんでしょう?
何も罪になるようなことをしてきていないのに、親やその上の世代のわだかまりを生まれた瞬間から背負わなければならないのか。
人それぞれに考えもあることでしょうし、正解はないと思います。
by YAP (2015-08-17 21:25)